安全政策(Safety Policy)


2014年版

一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会は『安全が全てに優先する』という基本的考えに従い、以下の安全政策(Safety Policy)を策定する。

※なおこのSafety Policyの制作にあたっては日本水泳場安全協会・AHA福井トレーニングサイト 宇賀治サイト長の協力を得て実現したものである。
※参考文献 :「救急医学」へるす出版・JASA「ライフガードトレーニングテキスト」

はじめに

この安全政策は一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会が公認し、協力する全てのスイムレースにおいて適用されるものであり、安全監視スタッフのみならず、スイムレースにかかわるスタッフ全員が<水泳場における危機管理>の基本理念にそって行動しなければならない。
より具体的にいえば、スイムレースの危険性を認識し、『いつでも事故は起こりえる』ことを前提に、

  1. いかに事故を未然に防ぎ、
  2. 緊急事態発生時にどう行動し、
  3. 事故発生後の処置と再発防止にむけてどう対処できるか

を包括的に理解し対処すること。

※水泳場の危機管理の定義
狭義でとらえれば「事故を防ぐこと」であるが、それだけにとどまらず広義の「潜在的な危険、あるいは財政的な支出などを生み出す可能性についてこれを包括的に考慮し、管理する手法」ととらえ、管理すること。

第一条 事故を未然に防ぐために

第1項 安全委員会の設置

スイムレースの実施にあたり、「安全第一」を基本に安全委員会の設置をすること。そして各実行委員会にも各種団体の協力を求めて安全委員会を構成しなければならない。

第2項 予想される事故とその原因

緊急事故につながる原因として想定されるのは、突発的な循環器系疾病、心臓麻痺、低体温症、熱中症、波と水による感覚器官のマヒ、疲労脱力、水生生物、衝突などによる事故がある。

□自然環境がもたらす障害<水中運動時の突然死のおもな原因>

1) 外傷
スポーツ競技における頚椎損傷の60〜80%は水泳の飛び込み時による。特にオープンウオータースイム(以下OWS)ではスタートの状況によって浅瀬で飛び込むと損傷を追う危険があるので注意をすること。

※ リレー種目の際の注意点
観衆の前、チームの為につい興奮して頭から海に飛び込んでゆくケースが見受けられる。 これは非常に危険なことで特に海の透明度が低い場合は海底がどのような状況になっているかが判断しにくい。
それを確認もせずに飛び込むことは無謀であることを認識させ、スタート周辺区域に必ず観察員を配置して「フットファーストエントリー」の励行を呼びかけること。(ヘッドファーストエントリーは絶対禁止) OWSでは競技会当日の天候や海状況により競技に大きな影響を与えることは言うまでもないが、特にスタート直後の混雑した状況下では、他の泳者との衝突などによる外傷から溺れに至ることがある。
※ ウエーブスタートの励行
スタート時の混雑によって、何人ものスイマーが衝突や接触する状況が生じ危険である。その為にANSCOMで は1回のスタートを最大100名までとし、2分以上経過した後に、次の組のスタートを行うように徹底する。そして、通常では男女スイマーの接触を避ける為にも個人戦においては男女別のスタートとする。
2) 救急疾患の発症
水泳中の突然死には溺死以外の死因も多く、水中での突然死=溺死という構図は必ずしも成り立たない。溺死以外の内因性死因の多くは虚血性心疾患や 脳血管疾患であるが、水泳の場合、個人の技術レベルによっては運動強度をコントロールすることが困難であり、息こらえによる影響もあいまって、血圧上昇を はじめとする心血管系への負担が過大となりやすいことが問題点として上げられる。特に中高年スイマーの溺水症例では救急措置とともに併存疾患の診断・治療 も重要である。

※ 事前の健康アンケートの確実な実施
レース当日、参加者全員が問診を受けることはほぼ不可能である。よって当日、朝の体調及び現在までの自身の健康状態について健康アンケート形式で 質問に答えてもらい、その提出を持ってレースへの出場を許可することとする。またこの健康アンケートから疑問や不信な点が判明した段階で医師に相談のう え、大会委員長が出場の可否を決定する。
3) 水中環境がもたらす生理的変化
溺水例の多くは、溺れる直前に呼吸促迫やパニック状態を認めず、突然水中に沈むといわれるので要注意。

※ 海上監視にあたるライフガードの判断における注意点
身体を冷水に浸した際には迷走神経の緊張を介し、極度の徐脈や重症不整脈を生じることがあり、水中における意識消失の原因となる。 また同様に誘発する原因として気管内吸水が考えられる。水中では吸気は口から呼気は鼻からおこなうが、吸気時に誤って水を気管内に吸引することによっても、迷走神経を介した心臓抑制反射が生じる。
※ スタート時の混乱する状況下での注意点
スタート時の混乱が原因になり、いくら泳力があっても誤って水を気管内に吸引する可能性があるので注意が必要。 またOWSでは水温の影響により、低体温症となることがあり、この場合にも不整脈が誘発されやすい状況となるために注意を要する。 また中高年者は緊張による過換気により、溺水の原因となる場合がある。 病態の中心は窒息と低酸素症である。いずれも場合も低酸素症から意識消失や心停止を生じるので注意。

第3項 大会運営について

1)競技開催時間
風と波が比較的安定する午前9時から午後1時までの競技時間が望ましい。
2)競技種目
OWSの普及という観点から一般のOWS愛好者が普段通りの泳力を発揮すれば完泳出来る距離にする。一般社団法人日本国際オープンウォータースイム協会の競技種目はおおむね以下の定義にもとづくものである。

名称
距離
ショートデイスタンス競技
1km以下の競技
ミドルデイスタンス競技
1km以上3km未満の競技
ロングデイスタンス競技
3km以上5km未満の競技
マラソンスイミング競技
5km以上10km未満の競技
3)危険性の周知
募集時の要項の始めに『OWSは危険を伴うスポーツである』旨の表記をすることによって危険性の周知を図る。競技当日もレース前・レース中にその旨を放送し、スタート前に競技役員によって必ず危険性を再確認させる。

  1. 自然環境で行われるレースの危険性
  2. 当日の海の状況(外気温・海水温・潮の流れ・障害物の有無・目標物など)
  3. コース概要(ブイの位置とその距離・スタートとゴールについてなど)
  4. 途中棄権の仕方(スイマーの合図の仕方・搬送方法など)
  5. ライフガードのコミュニケーションサイン(実際の交信シグナル)
  6. 救助の仕方など(意思確認・判断・救助・搬送など)
  7. いたずらに競争志向をあおらずに、完泳が第一目標であることを徹底
4)自己責任の徹底
『OWSは危険を伴うスポーツである』ことを認識させ、あくまで自己のリスクでレースに出場することを決意し、その為に健康上何ら問題がない状 態、かつ継続的な水泳練習を行った上で、自身が万全の体調でレースに出場することを徹底させる。またエントリー用紙には過去の水泳記録や練習歴と記入し、 誓約書には各関係機関を含めたすべての団体に対する賠償責任追及の権利放棄を確約させ、あわせて当日の健康アンケートによってレース前の体調が万全である 旨の確認をさせる。それらすべてに承諾した証として自署(サイン)を義務付ける。
5)体調管理の指導・教育
参加者が体調管理をしやすいような大会場所・日時を出来る限り早く通告し、参加者自身の負担を軽減する為、なるべくなら開催場所に前泊 するよう誘導する。参加者自らの健康状態を認識させ、定期的メデイカルチェックを行うよう指導する。特に、体調不良の時に、疲労・睡眠不足・飲酒などを行 わないように指導する。また好天時にはレース前に水分補給を充分にしてからスタートするよう教育してゆく。

第4項 競技運営について

1) ウエーブスタートの採用
一般社団法人日本国際オープンウォータースイム協会の大会ではスタート時の混乱を避けるためにウエーブスタートを励行する。基準として1ヒート (組)100名を最大数とする。組と組との間隔は1〜2分とする。当日の監視体制とも影響してくるので2〜5分の間で順次スタートをおこなう。また男女の 接触を避けるためにも個人戦においては男女別のスタートとする。但し、参加人員が男女あわせて100名以内の場合には競技委員長の判断で同時スタートとす る。
2) 基準タイムの設定
一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会の大会では安全を最優先とし、参加者が完全水泳出来ることを目標にした時間を設定し、あえて制限タイムと呼称せず、基準タイムと呼ぶ。

※各種目に対する基準タイム

種別 距離 基準タイム 距離 基準タイム
個人戦 400m 20分 ハーフマイル 40分
1km 50分 1マイル 60分
2km 70分 2マイル 90分
3km 90分 5km 120分
団体戦 200mx4=800m 30分 400mx4=1.6km 50分
500mx4=2.0m 60分

※これらはあくまで目安で時間と安全が確認できれば、競技委員長の判断でスイマーは泳ぎを続行しても良い。但し、最終コーナーブイを通過していない場合には退水措置をとる。

第5項 開催判定基準

各大会は所定の安全検査チェックリストにもとづく判定基準を査定するために大会委員長・競技委員長・安全委員長他からなる競技開催判定委員会を設置し、 競技開始1時間前にその委員会を招集し、競技の開催・種目の変更・中止を宣言しなければならない。

第6項 レースの中止基準

一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会が公認する全てのスイムレースは以下の項目にひとつでも該当した場合にはレースを中止しなければならない。

  1. 天候不順により、レース会場となる海水浴場が遊泳禁止になった場合
  2. 地震や津波の発生、及びその他の自然災害により、危険が伴うと判断された場合
  3. 海水温が摂氏18度以下になった場合又は海上で風速15m以上になった場合
  4. 港長の特別な指示があった場合
  5. 競技中に重大事故が発生し、第二次災害を防止するための措置が必要になった場合
  6. 天候不順の場合には視界1km・波高1mを目安とする

第7項 2・3ミニッツルールの採用

一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会の公認する全てのスイムレースの監視にあたっては『2・3ミニッツルール』を遵守し、監視活動及び救助活動にあたらなければならない。

※「2・3ミニッツルール」とは
スイムコース内の監視エリアをゾーンに分類し、各配置についたライフガードが2分以内にそれぞれのゾーンをくまなく監視(スキャン)し、異常発生 の有無を確認すること。そして万一異常発生を確認してから3分以内に溺者(事故者)のいる地点まで到達し、かつレスキューできる状態にしておくことをい う。

第8項 レース監視体制について

一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会の公認する全てのスイムレースにおいて『PWCレスキューシステム』と呼ばれる監視体制を確立しなければならない。

※PWCレスキューシステムとは
当日のスイムコースの図面を基に設定された監視システムと当日の天候や水温・海流等の自然条件を加味して スイムコース全般に渡り機動性を発揮できるライフスレッドを装着したPWCを中心に、 その内側、即ちスイマーに一番近いエリアをレスキューボードに搭乗したライフガードが監視・誘導・救助などを担当するシステムの事。 レスキューボードに搭乗したライフガードが救助を行った場合には、そこからスレッド装着のPWCにリレーして搬送を行う。 その場合コースの条件によって直接陸地まで搬送を行うか、あるいは漁船などの大型船外機によってあらかじめ決められた地点まで移送を行う。 このような全体の海上安全監視体制をPWCレスキューシステムと呼ぶ。

第二条 緊急時に貴方は何をなすべきか

第9項 緊急アクションシステム(EAS)の発動

緊急事態が発生した場合には、すぐにレースを中断し、EASを発動する。 第一発見者のなすべきことはNITSブリーフィングにもとづき、事故の発生状況を的確かつ迅速本部に連絡し、大会委員長の指示を仰ぐこと。 各ポジション担当責任者はそれぞれの役割分担における責任を全うするために緊急の配置につく。本部担当責任者はすぐに組織図にもとづいて警察・消防及び行政担当者に事故の発生を知らせるとともに救助を依頼し、次の指示を受けること。

第10項 緊急アクションプラン(EAP)の活動

EAPとはそれぞれのポジションごとに以下の行動を取る事を言う。

  1. 事故後の救助体制を一本化したうえで、それぞれが連携して活動する。
  2. 第二次災害を防止するための方策をとる。(レースの中断もしくは中止のアナウンス)
  3. 地震や自然災害などの場合にはそれぞれの自治体における避難対策マニュアルにしたがって行動する。

第11項 救命措置(蘇生法)

溺れ事故の場合、第一発見者が溺者の状態を確認(水上・水中・水底)し、意識あり・意識なしの確認をした上で、緊急措置を施す。その場合には気道の 確保がすべてに優先し、CPRを施す。その場合に水中での保全を行った上で、搬送用のPWCレスキューにつないで陸側への搬送をおこなう。陸側では医師と の連携で溺者を保護し、ファーストエイドをおこない、緊急医療チームへの引渡しをおこなうこと。この場合に緊急車両までの導線を必ず確認して確保しておく こと。 ※2009年度公式戦よりAEDの導入にむけて予算化を行う。

第三条 事故発生後の措置と再発防止にむけて

第12項 事故対策委員会の設置

重大事故が発生した場合は、ただちに緊急アクションプランを実行し、第一発見者・当該ライフガード責任者・競技委員長・警察・消防・海上保安庁そし て自治体担当者へと連絡し、溺者(事故者)の緊急医療機関への搬送を最優先させること。そののちに、大会役員、競技委員、安全委員からなる事故対策委員会 を設置し、事故問題の解決にむけて全力を挙げること。そして事故原因の究明と再発予防策をのちに発表する。

第13項 情報の一元化

事故発生を想定して緊急アクションプランを発動し、あらかじめ確立された緊急連絡網にそって連絡を行う。その場合必ず情報は一元化すること。 個々の担当が勝手に情報を外部に出したりしないことに最大限の注意を払うこと。 特に報道機関への情報は正確に誤解のなきようメデイア担当責任者のみによっておこなわれること。 特別なケースを除き全ての一般社団法人日本国際オープンウォータースイム協会の主催・主管大会は定められたフローによって情報を一元化すること。 特に不確定な情報を基に事実と異なる報道をされる可能性があることを認識し、あらぬ誤解を避けるためにも特に事故関係者には適確な情報を提供しておくこと。

第14項 保険の適用

大会出場者及び大会関係者を含めた傷害保険に必ず加入すること。その場合に保証金額及び適用・免責事項などを事前に公開すること。また万一重大事故 発生による賠償問題に対処する為の保険として主催者保険及び施設賠償責任保険への加入を行うこと。その場合に関係自治体及び関連団体・協賛企業への影響を 考慮し、共同賠償責任保険等に加入をしておくことが望まれる。 また、個人においては事前に任意での傷害保険への加入をすること。そしてチーム参加の場合に各所属クラブ又はチームの加入している保険内容を事前にチェッ クしておくことを周知させる。 事前に保険会社と充分時間をかけ、出来うる限りの事態を想定して全てに対応する保険契約をするように心がけ、いずれも大会開催の10日前には契約を完了し ておくこと。そして必要とあらばその保険証券をいつでも提示できるようにしておくこと。

この安全政策(Safety Policy)は一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会が独自に策定したものであり、無断引用を禁じます。

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